「どくだみの花のにほひを思ふとき 青みて迫る君がまなざし」
北原白秋『桐の花』4月から6月にかけて、日本全国で十字の白い花を咲かせるドクダミの花。地下茎がどこまでも伸びていき、あらゆるところで繁茂するため庭や畑では厄介者扱いされがちなドクダミですが、花や葉はもちろん、茎や根にいたるまで全草が食用や薬用に利用できる有用な植物です。
意外にも新しい「ドクダミ」の呼称
「ドクダミ」は漢字では「蕺(または蕺草)」と書き、音は「シュウ」でドクダミだけを表す文字です。訓読みの「ドクダミ」の語源は一説によれば「毒を矯(た)める(=収める)」であり、別名で「十薬」とも呼ばれるように、その薬効が昔から知られていたことからも頷けます。
意外にもこの「ドクダミ」は江戸中期ごろからの呼称で、それ以前は「シブキ」と呼ばれていました。平安時代の漢和辞典『和名抄』、薬物辞典『本草和名』には、それぞれ「之布木」、「之布岐」と当て字での既述が見られます。
数少ない古典文学での言及
「・・・かくのみ心つくせば物なども食われず。『しりへの方なる池に、しぶきといふ物生ひたる』と言へば、『取りて持て来』と言へば、もて来たり。笥にあへしらひて、柚押し切りてうちかざしたるぞ、いとをかしうおぼえたる。」
藤原道綱母『蜻蛉日記 中 970』【訳】このようにくよくよと思い悩んでいるので食べ物ものどを通らない。「寺の裏手の池にしぶきというものが生えていますよ」とお付きの者が言うので、「取ってきてちょうだい」と言って持ってきてもらった。器に盛り合わせて柚子を刻んでふりかけたのは、とてもおいしいものだった。
平安時代の女流文学『蜻蛉日記』の中で、食欲のない主人公が柚子をふりかけて食べたのがドクダミだったかは不明ですが※、この時代にも庭の池のほとりから取ってこれるような身近な植物だったことがわかります。しかしながら、この時代から薬草として知られており、日常的に目にする植物だったにも関わらず、歌に詠まれるようになったのは近代の俳句からで、それまでの文学には『蜻蛉日記』の一節以外ほとんど見られないのは不思議です。
※ここで出てくる「シブキ」はギシギシという植物であったという説もあります。ギシギシの若芽は青菜として食べることができます。
薬にも食材にも:ドクダミの用途
ドクダミの臭気は熱を加えると消えるので、葉は塩ゆでしたり、天ぷらにしていただくこともできます。ヴェトナム料理ではパクチーのように生の葉を香草として食すようですし、四川料理など中国西南部ではドクダミの根は欠かせない食材として使われているそうです。
生のドクダミの葉が持つ臭気成分には強い殺菌作用があり、擦り傷や靴擦れ、おでき、水虫、虫刺されなどの肌のトラブルに効果を発揮します。青汁として内服すると、胃痛や十二指腸潰瘍にも効果があると言われています。また葉を乾燥させたドクダミ茶は、血行を良くして便秘や動脈硬化、高血圧などの予防になるほか、風呂に入れると湿疹やあせもにも効果があります。
ドクダミの利用は花の季節がおすすめ
「色硝子暮れてなまめく町の湯の 窓の下なるどくだみの花」
北原白秋『桐の花』芸者さんたちが湯あみに訪れる初夏の夕暮れ時、かつてお風呂屋さんの窓を彩った豪華な色ガラスの影、窓から漏れる湯けむりのなまめかしさ、窓の下に咲き乱れるドクダミの白い花・・・白秋の見た官能の一コマです。
筆者の家の庭では、毎年ドクダミが蔓延り除草もなかなか大変なのですが、深緑の葉が地を覆い、その上に可憐な白い花が一面に咲くさまは幻想的でもあります。
ドクダミは仲夏(6月初旬~7月初旬)の季語で、花をつける時期には薬効がもっとも強くなります。幻想的な花の風景を楽しみながら、花や葉を摘んで焼酎付けにしドクダミチンキにしたり、茎ごと葉を乾かしてドクダミ茶にしたり。もちろん、料理の一品にも。身近な薬草を、ぜひ生活に採り入れてみてください。